⑤時代が変わる!?

日本史編

日本史編⑤ 時代が変わる!?

この記事は、飛鳥時代について書かれています。

歴史が嫌いだったり、苦手な中高生が少しでも興味をもてるように、なるべく簡潔に分かりやすく書きました。
この記事を読み終わるころには飛鳥時代についての理解が深まっているでしょう。
もちろん、中高生以外の方々も大歓迎です!
赤い文字の箇所は重要な用語でもありますので、一緒に覚えていきましょう。

飛鳥時代(592年〜710年)は、日本の歴史において重要な変革期です。この時代は、奈良県の飛鳥地方に都が置かれたことからその名が付けられました。飛鳥時代は、政治、文化、宗教の面で大きな変化がありました。

政治改革と大化の改新
飛鳥時代の初期には、推古天皇が即位し、聖徳太子が摂政として政治を主導しました。聖徳太子は、603年に冠位十二階を制定し、604年には十七条憲法を発布しました。これにより、官僚制度が整備され、中央集権的な国家体制が強化されました

645年には、中大兄皇子(後の天智天皇)と中臣鎌足(後の藤原鎌足)が蘇我氏を討ち、大化の改新を実行しました。この改革では、土地と人民を国家のものとする公地公民制が導入され、中央集権国家の基盤が築かれました

冠位十二階のイメージ

宗教と文化の発展
飛鳥時代は、仏教が広く受け入れられた時代でもあります。仏教は、6世紀末に百済から伝わり、蘇我氏がその普及に努めました。飛鳥寺法隆寺などの寺院が建立され、仏教文化が花開きました

また、遣隋使や遣唐使が派遣され、中国の先進的な文化や技術が日本に伝わりました。特に、607年に小野妹子が隋に派遣され、隋の皇帝と対等な立場での外交関係を築きました。

飛鳥寺

戦争と内乱
飛鳥時代には、いくつかの重要な戦争や内乱も起こりました。663年白村江の戦いでは、日本と百済の連合軍が唐・新羅連合軍に敗北し、朝鮮半島における影響力を失いました。また、672年には壬申の乱が発生し、天智天皇の死後の皇位継承を巡って大海人皇子(天智天皇の弟)と大友皇子(天智天皇の息子)が争いました。大海人皇子が勝利し、天武天皇として即位しました。

天武天皇

経済と社会
飛鳥時代の経済は、農業が中心であり、稲作が主要な生産活動でした。また、豪族たちは広大な土地を所有し、農民を支配していました。大化の改新以降、土地と人民が国家のものとされ、税制や労役制度が整備されました。

感想
飛鳥時代は、日本が地方分権国家から中央集権国家へと変化していき、仏教文化が広がった重要な時代であることが分かりました。そして、政治改革や宗教の普及、外交関係の構築など、多くの変革が起こった時代でした。

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